このところ、ネタ過多状態で、ブログの執筆が追い付かない状態で苦しんでおります。そうこうする間にもう一つの大きなネタ「ブレグジット」がかなり深刻な状況になってきました。
以前に懸念をお伝えした通り、英国保守党が7月下旬に強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相を新党首に選出しました。それにより、英国は合意なしでの強硬離脱(ノーディール)に向けて、突き進んでいます。
今回は、現在の政治・経済状況についてご説明しましょう。
- 強硬離脱派で固めたジョンソン内閣
- 不信任案でも離脱には間に合わないと嘯くボリス陣営
- 野党、ノーディール反対派などによるボリス阻止の動き
- 大企業はすでにノーディールでの離脱を覚悟
- ノーディールを嫌ってポンドが下落
- 2019年第2四半期GDPが25期ぶりに前期比マイナスに
- 10月31日の離脱と、離脱直後の総選挙を狙うボリス政権
強硬離脱派で固めたジョンソン内閣
英国の保守党は7月23日、テレーザ・メイ首相の後継となる新党首に、ボリス・ジョンソン前外相(以下、ボリス)を選出しました。6月下旬の段階で最後に残った2名の候補ジョンソン前外相とジェレミー・ハント現外相に対して、7月22日までに党員による投票がおこなわれ、ジョンソン氏が9万2,153票を獲得して、4万6,656票だったハント氏に勝利したのです。
圧勝といっても、英国の人口は6,650万人ですから、ジョンソン首相は全国民のたった0.14%によって選ばれた首相ということになります。
ボリスは、翌24日にエリザベス女王から首相に任命され、内閣を組織するように命じられました。英国の閣僚というのは、日本のように認証式を経て閣僚になるのではなく、どうやら首相から依頼され受諾すれば、その時点で閣僚になってしまう模様です。全員が決まらないうちに翌朝には新閣僚による初の会議が開かれました。
その後2~3日間は首相府のウェブサイトも「工事中。首相府のツイッターをみてね」と掲げるばかり。議会のサイトをみても、首を切られた閣僚の名前が載ったままの状況が続きました。
さて、それでも蓋を開けてみると、主要閣僚には悪名高い強硬離脱派ばかりが勢ぞろい。さらに従来の閣僚については事前の予想を大幅に上回る人数のクビが切られました。「ボリスはブルドーザー」「斧で首を叩き切った」などと新聞のタイトルが踊るほどの粛清人事でした。
閣僚の選考に当たっては、10月31日にいかなる条件でも、つまり「ノーディールでも離脱する」ことに賛成することが入閣の絶対条件だったようです。もちろん、その前に何人かの閣僚はボリスを嫌って自ら辞任しました。
ここで1つ注目したいのが、首相特別政治アドバイザーとしてドミニク・カミングス氏(以下、ドミニク)が首相官邸入りしたことです。この人物、国民投票時に離脱派を率いた人物で、嘘八百の離脱派活動や選挙法違反などこの人物の主導で行われたとみられています。ボリス政権の動きはこの人物が決めていくとみられています。
新内閣にはいろいろな政策方針があります。というのは、党首選で、ボリスは財政支出を伴う公約を沢山ぶち上げたからです。詳細はBBCの記事「ボリス・ジョンソン新首相の公約、実現すると締めておいくら?」をご覧ください。総額3兆円ほどになる模様です。
しかし、最優先はEU離脱を、10月31日までに実現することです。これをトラブルなく行うためには、EUとの合意が必要ですが、EU側は再交渉に応じないという姿勢を変えていません。
しかも、ボリスが選出された翌24日に英国議会は夏休みにはいってしまいましたので、議会活動は完全に停止した状態です。議会の再開は9月3日(火曜日)です。ノーディールでの離脱を阻止するためには、議会再開後に速やかに首相不信任案を提出、ボリスを首相の座から引きずり下ろすほかありません。
そうした中、8月1日にウェールズで保守党下院議員のリコールに伴う下院補選が実施され、自由民主党の候補が勝利しました。これによって下院での与野党の議席差は、わずか1議席になりました。既に相当数の保守党議員がボリスに従わないと声明を出していることもあり、不信任案が可決される可能性は高いとみられています。
不信任案でも離脱には間に合わないと嘯くボリス陣営
ところが8月3日、デイリーテレグラフ紙(ボリスが首相就任直前まで記者として執筆していた右派新聞)は「議会はブレグジットを防ぐ機会を逸した。不信任案が出ても、もうブレグジットは止められない」とのドミニクのコメントを大々的に報道しました。
この趣旨は、不信任案が可決されも、ボリスは首相をすぐには辞めず、時間を稼いでいるうちに10月31日になってしまうということらしいのです。
この発言の直後からツィッターやFB上では、「果たしてそんなことが法律的に可能なのか」という議論が法律家や専門家などによって延々繰り広げられました。しかし残念なことに、法律的にボリスの暴挙を止める方法はないようなのです。
どうやら不信任案を突き付けられた首相が辞任するというのは議会の慣行によるもので、法律に定められたものではないのです。紳士の国、英国で不信任案を突き付けられて辞めないような無頼な首相が就任するなんて想定外だったのでしょう。しかし、世の中は変わっていくんですよね。米国の大統領がすでにああなっているように、英国もまた、破廉恥な首相による衆愚政治へと邁進しているのです。
不信任に関する法律に穴があるのは、2011年にキャメロン元首相の下、2011年議会任期固定法(2015年から施行)が成立したのが理由です(また、キャメロンかよ‥という感じ)。この法律、「内閣の議会解散権を制約し、総選挙は5年ごとに実施する」というものです。メイ首相がブレグジットの合意案を議会にかけるたびに否決されたのに、解散できなかったのは、これが最大の理由です。
同法では「内閣不信任決議が可決された時、あるいは下院で3分の2以上が解散を決議した場合、14日以内に新しい内閣を発足させることができなければ、任期満了前に解散・総選挙の実施が可能」となっています。しかし、不信任案を突き付けられた首相がいついつまでに辞めなければいけないという文言が脱落しているのです。この法律は問題だらけだ、とあちこちでつぶやかれているのですが、今更遅いのです。だから、ボリスが「辞~めない」と居座って、ずるずる引き延ばしを図れば手の打ちようがないということのようです。
ドミニクが「もう離脱を回避することはできない。不信任案ではボリスは止められない」とうそぶいたののには十分な根拠があり、ノーディールでの離脱の可能性がかつてないほど高まっているという状況なのです。
野党、ノーディール反対派などによるボリス阻止の動き
しかし、こうした状況のまま、手をこまねいているわけにはいきませんから、野党労働党、離脱反対派の自由党、さらには保守党のノーディール反対派や離脱反対派、スコットランド人民党などが今、水面下で、あるいは既に表面に浮上しているものもありますが、ボリス阻止に向けて動き始めています。
しかし、ここでも問題が山積です。労働党のコービン党首とその取り巻きは、ボリス首相の後継としてコービン首相になるのでなければ、大連立には応じないと主張しています。しかし、そもそもコービン首相と言うのは経済界にとっては、ボリス首相より始末が悪いのです。時代錯誤のマルクス主義者であり、鉄道や電力・水道などすべてを国有化に戻すことを主張しているからです。コービン首相の可能性が出ただけで、ポンドや株価は下落すると言われています。
ノーディールだけを阻止するための超党派による政権を不信任案提出直後のごく短期間だけ結成するという話も出ています。しかし、数の上で十分集まっていないようです。ウルトラCで政治不関与の女王陛下に出てもらうべきでは・・という声まで出てきています。
政局は連日、状況が変化していて、まだどのような形でこの問題が収まるのか、あるいは収まらないのか、わかりません。
大企業はすでにノーディールでの離脱を覚悟
3月末の離脱と違うのは、いくつかの大企業から、「準備済み」とのコメントが出始めていることです。例えば衣類ブランドのネクストはこれまでドーバー港からの流通に頼っていたけれども別の輸送ルートを確保した、としています。また、金融センターシティの中からも、今のような中途半端な状況がこれ以上続くのは好ましくない。ノーディールであってもEUを離脱する方が良いといった意見も出ているとFTに出ていました、
日本企業の中からも、「出る、出ないと中途半端なのは、いい加減にしてほしい。出たなら出たで対処する。英国でも欧州でもその時必要な場所で最善のことをするだけだ」などと頼もしいことを言っている企業もあります。さらに言うと、「現在の状況では本社を説得できない。いっそ、ノーディールで惨憺たることになれば、本社も考えてくれる」と言う声も出ているようです。
それでも、ノーディールよりはちゃんと移行期間のある合意ある離脱の方が経済的に好ましいことは間違いなく、さらにいうと、ノーディール離脱の混乱によるとばっちりは、英国の庶民や中小企業、そして、価格の上乗せと言う形で、巡り巡って日本の庶民にも及ぶのです。けしからん・・・
ノーディールを嫌ってポンドが下落
経済への影響をみると、一番目立つのはポンドの下落です。2016年6月23日の国民投票以来、ポンドはずっと下落傾向にあり、ボリス就任以来、ノーディールの可能性が高まったことでポンドは急落しました。(グラフをつくってみたのですが、特に対円での下落率が高いですね)
また、不動産も、特にロンドンの住宅価格などは国民投票以来、低迷していると言われます。しかし不動産の場合、もともと新興国の富豪等による資産としての購入が多く、価格高騰が続いていました。価格が沈静化している今を「買い時」とする声が高まっていますので、下落すれば、買う人が出てくる状況です。
ポンド安になれば、原動機、ウィスキーなどの飲料、衣料などの一部の産業やサービス産業は輸出競争力が高まります。特に競争力の高い、サービス業がかなり利益を出しているという話もあります。
ただし、主力産業で日本企業が大きく投資している自動車産業については、もともと利益率が高くない(コストが高すぎる)上に、世界的な自動車産業の停滞期に入っている関係から、ポンド安の恩恵を活用できているとは言えない状況のようです。
2019年第2四半期GDPが25期ぶりに前期比マイナスに
折しも8月9日、国民統計局(ONS)が2019年第2四半期のGDPを発表しました。前期比でマイナス0.2%、前年同期比1.2%で、前期比ベースでは25期ぶりのマイナスということで、「ブレグジットの影響でついに英国経済が」と驚く声が特に国外の報道などから聞かれました。しかし市場はこの話は予想済みだったと思います。というのは第1四半期が好調で、それは3月末の離脱に向けた在庫積み増しによるものであり、その反動が次の期に来ると予想されていたからです。
このため次の図をみてもわかるように、8月9日にポンドは下落したもののその後は安定しており、少し戻ってきています。
ポンドや株価の動向については、私は残念ながら専門家ではないので、予測はできないですが、英国のノーディール離脱よりむしろ、ドイツ経済を中心とするユーロ圏経済がちょっと怪しくなってきたなと感じています。
ブレグジットも確かに欧州景気のかく乱用要因ではありますが、欧州経済の主役はやはりドイツです。ドイツが風邪を引けば周辺国は揃って寝込んでしまう構造。英国の場合、ドイツへの輸出依存度は10%弱で、欧州の中では低い方だと思います。それでも、EU全体への依存度は5割弱となっており、欧州経済が不振となれば、その影響は大きいのです。
10月31日の離脱と、離脱直後の総選挙を狙うボリス政権
さて、ボリス内閣の動きですが、大風呂敷を広げたものの、巨額の財政出動をするにも、たった0.14%の国民が選んだ首相ということでは、民主主義国家の首相としては基盤がぜい弱過ぎます。
そこで、総選挙をいつにするかということが、就任直後から注目されています。今、よく話に出るのが、何としても10月末にEUを離脱し、「離脱を実現した」ことを宣伝文句にノーディールの悪影響が出る前に選挙で勝利してしまいたいと、首相府が考えているに違いないという説です。だから11月1日は無理としてもその週のうちに総選挙の可能性があると言われています。
しかし、首相府がまとめたノーディールでのブレグジット予想などが、タイムズ紙にリークされ、それによれば、大混乱で自治体なども選挙どころではないと言う説もあります。
そこで、当面は政府としては、ノーディール対策に力を入れることと、ボリス首相の意に反してノーディールになってしまった場合、自分が悪いのではない、話し合いに応じなかった頑固なEUが悪いという責任のなすりつけに精を出すとみられています。その第一歩としてボリス首相は今週、EUを訪問、再交渉を要請する予定です。
と言うわけで長くなりましたが、これが現在の大体の状況です。