ブレグジットをとりまく現在の政治状況について、前回、ご説明しました。今回は、タイムズ紙6月27日付(「ノーディールについて知っておくべき全てのこと(後編)」に掲載された各分野への影響についてご紹介しましょう。
この記事、大変長い記事で30項目について、最悪のパターン(X)、最善のパターン(〇)、不安要素(?)の3点で解説しています。当初、30項目を何日かに分けてご紹介するつもりでしたが、実際に訳してみたところ、長い上に一部不正確だったり、ノーディールの影響というより今後の交渉に関する部分もありました。そこで、1回目のつもりで作成したこのページに残りの部分を追加しましたので、ご関心のある部分のみ、目次を頼りにご覧ください。タイムズ紙の掲載順に脈絡がないので順番を変えて、類似した話題をまとめて解説しましたので、23項目となっています。
- 離脱直後の混乱
- 為替と株式
- 道路
- トラックの通行証
- 運転免許
- 医薬品
- 食品
- 関税
- 空港
- EUへの旅行保険
- 介護施設
- 国民保健サービス(NHS)
- EUおよびEEAからの移民の扱い
- 大学
- 金融業
- 自動車産業
- 航空宇宙産業
- 農業
- 不動産
- 国境警備
- 警察
- 防衛
- データ保護
- 規格・基準(これが一番深刻)
離脱直後の混乱
✖:食料と医薬品不足への不安から個人が備蓄しようと焦り、略奪の横行や暴動が勃発。
〇:ノーディールの場合に備えて訓練してきた警察があらゆる混乱や暴力行為を迅速かつ効果的に鎮圧。
?:医薬品&食品業界に最低6週間の備蓄するよう政府が要請しているが十分か?
ゐ:暴動や略奪は困りますね。どさくさに紛れて、泥棒や万引きも増えるでしょうし。
為替と株式
✖:離脱後、ポンドが暴落する。パニック売りを阻止するためにイングランド銀行に政府は1,350億ドルの外貨を準備しているとはいえ、輸入品の価格上昇により消費者物価上昇率は5%以上となるだろう。インフレを抑えるため、金利が引き上げられ、一部の家庭には致命的な打撃となる。
〇:スターリングは10%しか落ちず、1£=1.15ドル程度となる。ポンド安で企業の海外収益が改善され、FTSE 100株式市場は値上がりする。政策金利は現行の0.75パーセントを保つことができる。
?:市場の反応は予測不可能。格付けが引き下げられれば、商業用不動産やリスクの高い企業向け債権が売却される可能性がある。これが実体経済に波及し、信頼を損なう可能性がある。
ゐ:為替や株式の専門家ではないので、断言はできませんが、ポンドにしても英国企業の株式にしても、よほどマイナス要因がなければ、値が下がれば買う人が出てくるのが英国市場です。特にポンド安に乗じて商用不動産投資や企業買収するといった動きが過去3年間続いていましたので、それほど暴落することはないようにと思います。
道路
✖:ピーク時には最大1万6,000台のトラックがドーバー海峡を横断することになるが、港での遅れが懸念される。港湾近郊の道路渋滞により病院や他の重要インフラが閉鎖させる。
〇:国側で空軍基地を巨大なトラックの駐車場とするなどにより、十分対応ができる。
?:輸出業者が、オンラインによる税関申告方法に習熟していないと、遅延が最も発生しやすくなる。個々のビジネスがどれだけうまく対応できるかにかかっている。
トラックの通行証
これまで英国のトラックは何の申請も出さずに大陸諸国を通行できたのですが、離脱後は国際道路運行許可をEU当局から取得する必要があります。
✖:英国への割り当てはわずか4,000台分。現在、英国からは約3万8,000台が大陸諸国に走っているが、申請が殺到する上に、中々発給されないため、EUへ輸送に深刻な混乱が生じる。
〇:欧州委員会が英国の運送事業者に対して、少なくても2019年末までEUへの商品の英国のトラックによる輸送を認めることに同意する。
?:誰もEUの長期的な立場がどうなるのかを知らない。
ゐ:スコットランド企業でさえ、大陸向けの輸出品は全てドーバー海峡を経由して輸出しているのだそうです。ドーバーに集中している物流、トラック不足、国境管理の長時間化など課題は山積です。ハモンド財務相が7月13日、BBCの取材に対して、「EUから入ってくる品物はコントロールできるけれども、EUに出す品物のコントロールを大陸側ですることは英国にはできない。ノーディールなんてできっこないさ・・」と語っていたのが印象的でした。
運転免許
✖:英国民が大陸で車を運転するためには国際運転免許証を申請しなければならない。申請費用は5ポンド。国際運転免許証を持たなければ、レンタカーを借りることはできないし、渡航した車はEUの港から強制送還される。さらに、EUで有効な自動車保険に加入していることを証明する「グリーンカード」も必要。
〇:EUが当面、国際運転免許証なしでの通行を認める、あるいは英国の車両を検査しないと決定すれば、今まで通りとなる。。国際免許証についても早期に相互協定を締結する。
ゐ:日本人の場合、英国でも欧州でも使える国政免許証を取得して渡欧するのが当面の間は便利。
医薬品
X:国境での混乱のために医薬品が不足する。入手困難に懲りた患者が自分で備蓄を始め、悪循環を引き起こす。
〇:製薬会社と政府が重点的に対策をしているため、医薬品の流通には問題は起きない。
?:個人での医薬品備蓄はしないように指導されてきたが、一部の人は不安からすでに備蓄を始めている。
ゐ:医薬品業界は6週間以上ではなく、最低2カ月をめどに備蓄しているそうです。しかし、患者がパニックを起こせば破綻のリスクはありますよね。
食品
✖:冬に向かう時期のため、食料不足が起こる。缶詰や生鮮食品は備蓄されているが、国内農業を保護するための新しい関税が導入されるので、食品価格が上昇する。
〇:英国の小売業者が英国産食材に切替、通関量が減り、混乱は最小限に抑えられる。店舗は不足分を最小限に抑え、EU域外からの商品を探す。
?: 買物客の反応が読めない。 2000年のガソリン危機の時は、個人個人が我先にと備蓄に励んだ結果、混乱が悪化した。
ゐ:北部にお住まいのマリさんからノーディールで離脱するとズッキーニの価格はどうなるのか、と聞かれました。こちらは、流通の混乱と英国産はシーズンオフになることから、離脱後しばらく価格が上昇する可能性が高いです。
一番安定して入手する方法としては、自分で育てて、その鉢を温室にでも入れることでしょうが、季節が冬なので、難しいですね。英国の生鮮野菜は毎月のように仕入れ先が変わっていきます。EU産の場合もあれば、アフリカ産の時もあります。EU域外からのものは従来通りとされていますが、港湾近辺の渋滞などは避けようがありませんね。
関税
✖:政府が3月に発表したノーディール時の関税計画では、87%の品目の関税が当面ゼロになる一方で、自動車など国内産業保護の目的で関税が引き上げられる品目があります。輸入車への関税額は、平均1,500ポンドとなるそうです。EU産の自動車(ドイツ車など)最も増加率が高い商品となります。英国の港湾での税関チェック機能がうまく働かないため、一部の輸入品の供給が遅れ、店舗内の商品が減り、価格が上昇します。
〇:ノーディール後1年間、87%の品物の関税をゼロに引き下げるとしています。その結果、洋服など多くの品目の価格は下がります。
?:為替市場がどのように反応するかがわかりません。英ポンドは下落し、輸入コストを押し上げ、小売価格を押し上げるとの予想が一般的です。ポンドがどこまで下落し、回復までにどの程度かかるか、またその期間は不明です。
ゐ:短期的には、関税引き下げによる輸入商品価格の下落は消費者には、うれしい話。でも、こんなことをすれば、ただでさえ脆弱な英国内製造業や農業は崩壊してしまいますね。それとも既に崩壊済みで守る必要がないとの判断でしょうか?
空港
✖:EUの出入国管理の場で、英国のパスポート保有者が通過に要する時間は、離脱前の平均25秒から離脱後は90秒増加する。出発便の遅れにつながることが懸念される。
〇:ほとんどの加盟国の出入国当局は、この問題を予想しており対処可能。
?:国境審査は元々、EU全体ではなく個々の加盟国によって管理されているため、問題は一様ではないかもしれない。航空会社ごとに複雑な運航スケジュールを組んでいるため、1つの路線の遅延が他の多くの航空会社に悪影響を及ぼす可能性がある。
ゐ:これまですいすい審査を追加していた英国民が列をなす一方で、EU市民と同様の扱いが導入された日本のパスポート保持者がすいすい通過できるのはちょっとうれしい。
EUへの旅行保険
✖:現在、EU全域で使うことができる欧州健康保険証(EHIC)の使用が英国民にはできなくなる。年間数万人に上る英国からEUへの旅行者は旅行保険に個人で加入する必要があるため旅行保険料が急上昇する。
〇:英国とEUの間で相互にこのカードを利用できるような協定が締結される。現行と変わらないため保険料は大幅には上昇しない。
?:正確に各加盟国でどのくらいの治療費がかかっているか検証されていないことから、どのようになるかは不明。
介護施設
✖:介護施設や在宅介護サービスは、中・東欧などからの移民労働者の減少により急速なスタッフ不足に直面している。介護のために親族が仕事を休む必要が出てきて、経済が大きく混乱する。現在、英国人の約41万人が居住型介護施設に収容されており、875万人が自宅で介護に頼っている。全国平均では、従業員の約8%がEU出身だが、ロンドンでは39%に上っている。
〇:慈善団体やコミュニティグループが、在宅の高齢者や弱者に特別な支援を提供するため十分対応できる。
?:英国が導入しようとしている離脱後の入国管理規則では、高所得の人材のビザ発給を勧める動きはあるが、低賃金のソーシャルケア・スタッフについて、所得要件の免除を政府が認めるかどうかが不明。
国民保健サービス(NHS)
✖:医師10人に1人、看護師14人に1人はEU諸国の出身。既にこれらの人材の流出が始まっている。看護人材不足の深刻な脅威にさらされている。
〇:政府は医療従事者のビザ発給を認めているので海外スタッフの採用は変わらない。
?:医薬品の確保だけでなく、NHSはX線装置から注射器まですべてを輸入することに頼っており、EUからの医療機器に年間34億ポンドを費やしている。予想外の領域で問題が発生する可能性がある。
ゐ:EUを離脱してNHSに税金を投入するのが離脱の最大の目的だったはずですが・・
EUおよびEEAからの移民の扱い
✖:EUからの移民は、滞在許可なしでは、3カ月以上、英国に滞在することはできなくなる。EUに滞在する英国民にも同様の制限が課される。EUに住む英国民は自由移動の権利を失う。
〇:各加盟国が英国民の権利を保持する。英国とEUは、離脱協定の中から市民の権利の部分を取り出し、それについて相互に承認する。
?:離脱協定が合意されない限り、EU諸国における英国民の権利は時間の経過とともに縮小する可能性がある。
大学
✖:授業料の引き上げによりEUからの留学生は激減hし、 EU圏外からの留学生もブレグジット後の大学の評価によっては減少する。その場合、大学の収入が何十億ポンドも減少する。
〇:EUの学生はこれまで英国民の学生と同じ授業料を払っていたが、EU域外からの学生が増加することにより、EUからの学生の減少を上回る授業料が入ることになる。また、EU諸国からの研究者には滞在権が与えられる。
?:職業資格の相互承認、EUの学術プログラムへのアクセスなどの継続は不確実なものとなる。
金融業
✖:EUとの金融業務の連携に関する協定は締結されない。しかし、欧州諸国の金融機関による債券発行の失敗など、EU側の金融における問題についてあ、英国にも及ぶ可能性がある。
〇:EUと英国の間で、相互に金融サービスが行えるような協定が締結される。
?:英国とEUは、国際支払いなどの分野でいくつかの協定を締結しているので、これらが機能すれば、より多くの可能性がある。
自動車産業
✖:英国の製造拠点への投資が枯渇し、 年間生産量は170万台から減少する。サプライチェーンで作業している16万人の労働者作業員がだぶつく。 日産、ボクソール、ミニなどが大陸工場に生産移転する。
〇:ドイツとフランスの自動車業界は、EUで2番目に大きい自動車小売市場である英国との無関税貿易の合意を求めている。 ポンド安は自動車メーカーをより競争力のあるものにし、高級車の生産者は繁栄する。
?:離脱後、不確実性がなくなることで、投資が回復する可能性があるが、米中間の貿易戦争に巻き込まれる可能性がある。
ゐ:英国に限らず、自動車産業は大変革期を迎えています。ガソリン車向け部品を供給していた企業については、今後存続を真剣に検討せざるを得ない時期が来るでしょう。英国内製造拠点の収益性について、各社は厳しい判断をすることになると思います。
航空宇宙産業
✖:WTO税率では関税はゼロだが非関税障壁を嫌って一部の企業が製造拠点を欧州に移転する可能性があり、その場合、英国の航空宇宙産業は衰退する。
〇:ポンド安のメリットが貿易摩擦のデメリットを上回り、英国の航空宇宙メーカーおよび部品メーカー(BAE Systems、Rolls-Royce、GKNなど)は引き続き繁栄する。
?:専門知識、研究、生産などが英国に集積しているため、世界の大手メーカーが英国のサプライヤーとの協力をすぐにやめることは考えにくいが、協定がなければサプライチェーンの中国や東南アジアへの移行は加速する。
農業
✖:食品や農産物の貿易に対し、動植物検疫が強化され、長時間の遅れにつながる可能性がある。 欧州への食べ物や飲み物の輸出額は年間132億ポンド。いくつかの製品に対してはEU側から10%以上の関税を付加される可能性もあり、英国の農家にとっては壊滅的。
〇:政府は、輸出業者用のコンピュータシステムをすでに稼働させており、円滑に移行中。EU側も短期間で厳格なチェックを課す予定はない。
?:中期的には、規制や基準が異なることから、検疫を回避し続けられないかもしれない。 関税賦課の影響は大きい。
ゐ:英国政府の支払いはずさんで、EU加盟前、農家にはいつ補助金が入るのか、予測がつかず、資金繰りに大変困っていたそうです。EUに加盟して定期的に補助金が来るようになって安定経営になったところも多いとか。離脱すればでたらめに逆戻りですが、補助金の恩恵に浴しているのは地主層で保守党支持層でもあります。私が心配することじゃありませんね。
不動産
✖:住宅市場では、値下げと需要の落ち込みという悪循環に陥る。経済悪化から物価が下落し、家賃相場も下がる。
〇:ペントアップ需要(景気後退期に購買行動を一時的に控えていた消費者の需要が、景気回復期に一気に回復すること)が市場を支える。ポンド下落は市場に外貨の流入を招き市場への自信を回復させる。経済は安定しており、住宅価格を下支えする。
?:イングランド銀行の金利政策が不透明。利下げは不動産市場を後押しするが、借入コストが上がると価格が下落する可能性がある。
ゐ:英国は大家天国と呼ばれ、地価は右肩上がりで下がらない構造となっています。複雑かつ、大家に有利な不動産取引慣行があり、さらに新興国の成金が投資先としているからです。ブレグジットがあろうがなかろうが、英国は冷涼な夏、温暖な冬という条件のもと、新興国成金の別荘地となることは間違いなく、特にロンドンの地価が下がることはなさそうです。
国境警備
✖:国境警備隊は、空港と海上港の長い行列に圧倒されて、チェック作業を減らすことを余儀なくされる。この結果、組織的な犯罪グループが活動を強化し、銃、麻薬および不法移民を持ち込みます。
〇:英国とEU側の双方が一時的に現行の体制を維持することに同意し、行列は発生しない。
?:国境管理はEUの権限ではないため加盟27カ国がそれぞれ異なる態度をとる可能性がある。一部の犯罪グループがこれを機に大儲けする計画を立てているという懸念がある。
警察
✖:EUの犯罪情報情報にアクセスできなくなり、外国に逃げた犯罪者、外国から来た犯罪者を特定し追跡することが困難になる。
〇:EUとの協定を締結、相互に犯罪者情報を共有する。
?:協定を締結しても、情報の欠如や遅延は良そうされその影響は明らかではない。それが英国を標的として見ているより多くの外国の犯罪者を利する可能性がある。
防衛
✖:英国は欧州防衛基金によって資金提供されたプログラムに参加できなくなる。サイバーセキュリティに関するEUとの協調体制についても確実性が低下する。
〇:英国はNATO(北大西洋条約機構)、欧州安全保障協力機構、そしてEU諸国との二国間協定を通じて、引き続き防衛に貢献していく。
?:英国はこれまでEUの35の軍事作戦のうち25に要員を派遣する貢献をしてきた。 EUがこの状態を継続したければEUの軍事技術プログラムに英国と相互交流を行う用意があるかもしれない。
データ保護
✖:英国とEUとの間で毎日膨大なデータが相互に送信されているが、英国のデータ保護に関する「十分性」は認められなくなり、送信できなくなる。その場合、オンラインバンキング、電子商取引を行う何千もの企業に打撃となる。
〇:離脱後、英国に対し「十分性」が認められる。
?:個人データに関してEUの各加盟国によって規制されている部分があり、それに対する解釈が異なる可能性がある。
ゐ:英国の十分性が認定されなければ、大きな問題でしょうが、英国の2018年データ保護法は、離脱を前提として立法されており、英国はデータ保護を強化したので、大丈夫だと思います。
規格・基準(これが一番深刻)
✖:EUの規格・基準が適用されなくなるので、英国市場には規格・基準を満たさない、あるいは偽造品が流れ込む。
〇:安全に関する基準、消費者保護の権利に関しEUが立法すれば英国に取り入れられる。通関時に、規格・基準を満たさない製品が流入しないよう、税関職員などに必要な権限が与えられる。
?:英国政府は、エネルギー効率テストやラベリング基準など、ドイツ企業に有利に作られているEUレベルの規則を放棄することを選ぶかもしれない。
ゐ:2016年の国民投票で英国のEU離脱が決まってから、有識者の多くがこれが最大の課題と指摘しているにもかかわらず、タイムズ紙が、「基準を満たさない粗悪品が英国市場に流れ込むことが問題」程度にしか指摘していないところに、ブレグジット問題の深刻さがあります。
離脱後、欧州全体の規格・基準策定の場に、英国はEUの構成員として参加できなくなるわけで、製造業などは明らかに不利になると思われるのにその深刻さが理解されていません。
https://www.thetimes.co.uk/article/q-a-everything-you-need-to-know-about-a-no-deal-brexit-78ccl200f