英国の庭から~海外生活ブログです

欧州調査歴25年以上のリサーチャー兼駐在員妻です。英国在住歴は通算10年。庭仕事のかたわら、言いたい放題つぶやきます。

10月末のノーディール離脱は阻止できる...かな?(ブレグジット その38)

長い夏休みを終えて、9月3日(火)に英国議会が再開されました。前回(8月19日)ご報告時からたった2週間の間に目まぐるしく状況が変化しました。議会は一番難しい法案の審議は、夕方から開始し10時頃に投票を行います。だから夜遅くまで議会中継を見ていて寝不足気味です。特に初日には珍事が多く、ドラマのようでした。時系列にご報告します。長くなりますので、ご関心のある部分だけかいつまんでご覧ください。

なお、お時間のない皆さまに結論から言うと、9月8日(日)の時点では10月末のノーディールでの離脱の可能性は若干小さくなりましたしかし、可能性がゼロになったわけではなく、ブレグジットの行方は依然混とんとしており、それに伴い、投資は様子見が続き、景気低迷が続く可能性が高いと思われます。

 

首相、EU歴訪で全く成果なし(8月中)

ボリス首相は8月21日、22日とドイツ、フランスを訪問、メルケル独首相とマクロン仏大統領と会談しました。訪問の目的は、英国との再交渉に応じるよう両首脳を説得することでしたが、当然、両首脳がうんというはずはありません。

メルケル首相からは、30日以内にEU離脱の焦点となっているアイルランドと北アイルランドの国境をめぐる「バックストップ条項」について、「代替案を出せるわよね」という(事実上無理と見ている)コメントをもらって退散。本人は「出します」と答えていましたけどその後、何の提案もありません。

一方、マクロン大統領は、「向こう30日間で、新たな離脱協定案を見いだすことはできない」と明言し、再交渉については拒否の姿勢を示しています。しかし、マクロンとの会談の結果は予想通りで、そもそも、「再交渉に応じないEU側が悪い」と責任をなすりつけに行ったので、ボリス首相側としては想定の範囲内だったのでしょう。

しかし、それとは別に首相の行儀の悪さ↓に顔をしかめた人が多かったのでした。大統領官邸で、テーブルの上に靴を乗せるって、どう思います?

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Daily Telegraph紙 2019年8月22日付

続く、8月24日、25日、フランスで開催されたG7の首脳会議に出席したボリス首相は欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長(大統領に相当)など、各国要人とも会談しましたが、特に成果はありませんでした。しかし、トランプ大統領からは「素晴らしい首相になる」「彼にアドバイスは不要だ。その仕事(ブレグジットの実現)にふさわしい男だよ」とべた褒めされてご満悦でした(類は友を呼ぶ)。

議会の5週間閉会を断行、非民主的な手法に国内外から批判(8月28日)

しかし、国内では別の悪だくみが進行していたのでした。何しろ、首相にとって一番都合が悪いのは、議会で離脱延期法案が可決されたり、自身が不信任案で追放されることです。そこで8月28日、議会再開1週間後から10月中旬までの議会閉会(prorogation)を女王に申請したのです。

例年、9月後半から10月前半は党大会のシーズンで、2~3週間の閉会をする慣習がありました。ですので、閉会自体は、珍しくありません。しかし、首相が申請したのは9月10日頃(正確には9月9日~12日のどれか)から10月14日までの長期のものです。これだと離脱期限の10月31日まで審議できるのは2週間弱しかありません。

政治に関与しない女王はすんなりとそれを認めました。これに対し、法律的に阻止できないかと、反対派はスコットランドとイングランドの裁判所に提訴したのですが、イングランド高等法院は違法ではないと9月6日に却下しています。

議会制民主主義で選ばれた首相が自分の都合の悪い時は議会を閉鎖してしまうというのは、でたらめ至極で先進国とはとても思えないのですが、この結果、戦後最長と言われる5週間の休会は避けられないものとなりました。

これに怒ったのが国民です。全国で抗議活動が始まり、閉会撤回の陳情が殺到しました。

ボリス首相はめちゃくちゃですが、その話し方には勢いがあり「ブレグジットを実現できるのは彼しかいない」と評価する声が出ていたのは事実です。就任以来、保守党支持率は上向き傾向だったのです。在英日本人の中にも「生きが良くていい」などとツイートしている人もいて、正直、呆れてしまったのですが…。

ところがこの日を境に、ブレグジットは、対外政策をめぐる意見の相違から、民主主義の危機に変容したのです。ボリスの行動をクー(coup、クーデターのクーです。政変の意味でしょうか)とみなし、”Stop the coup"という抗議活動が急速に国中に広がりました。SNS、新聞紙上には、国体(constitution)の危機という言葉が駆け巡り、1939年のヒトラー政権が突然溢れたのです。バーコウ議長はもちろん、保守党議員、シンクタンクなどからも、首相の暴挙に対する批判が続出しました。

ボリス政権への反感をさらに高めた周囲の愚行

前回ご報告した通り、強硬離脱派が主要閣僚のポストを固めているボリス政権です。しかし、人格的に評価の高いベテラン議員が敬遠された結果、内実はチンピラ揃い。だから、ボリス首相に負けず劣らず、愚行の嵐なのです。

その中でも特に批判が大きかったものから紹介しましょう。

まず、プリティ・パテル内相が8月19日に「ノーディール離脱の翌日からEU移民の自由移動をやめたい」とこれまでの政府の約束を反故にする発言をしました。英国には約330万人のEEA(欧州経済領域)+スイスからの移民がいます。5年以上滞在したことが証明できた移民には永住許可の申請を認めていますが、アプリの不具合、証拠の不足などでまだその一部しか手続きが済んでいないと言われていますので混乱は必至とお膝元の内務省内からも抗議の声が上がっていました。

8月30日には、ドミニク・カミングス首相府特別アドバイザーがサジド・ジャビド財務相の女性補佐官に対して、財務相に無断でクビを申し渡し、警備官に命じて、首相官邸から叩き出すという、前代未聞の出来事もありました。これについては、不当解雇が明らかですし、そもそも「何の権限で」という声があちこちから出ています。

また、強硬離脱派で下院院内幹事長であるジェイコブ・リースモグ議員が9月2日、ラジオ番組で、政府のノーディール対策策定に助力したデビッド・ニコール医師が、「現場の状況からノーディール時にはそれでも全ての患者に、例えば抗てんかん薬といった重要な薬がいき渡らなくなる恐れがあり、その場合、死者が出る危険がある。どう思うか」と尋ねたことに対して、「残留派の意見だ。(反予防接種活動を行っていることで有名な活動家)アンドリュー・ウェイクフィールド氏のような無責任な指摘だ」と述べ、一刀両断したのです。ニコール医師は提訴も辞さないと怒りを露わにし、政府で保健諮問医から同議員に対して抗議書が寄せられたほどです。(周囲の圧力に屈して、リースモグ議員は9日不承不承謝罪したようです)

議会再開直後、過半数割れに(3日、火曜日)

こんな状況の中、議会が再開されました。

再開の時点で、与党と野党の議席バランスは321議席対320議席と1議席の与党優位だったのです。ところがほどなくして珍事が起こりました。ボリス首相が演説を始めるとバックベンチに座っていた保守党のフィリップ・リー議員がおもむろに立ち上がり、すたすたと首相の脇をすり抜けて、向かい側の自由党の議席に座ったのです。

野党側は拍手喝采で迎え、バーコウ議長の「オーダー、オーダー」という掛け声も、何やら楽しそう。そして、この瞬間、与党側の1議席の優位はそのまま野党側に移ってしまったのでした。

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この日はもう1つメディアを賑わしたできごとがありました。リースモグ院内幹事長がブレグジットの討論に不満の意を表したかったのか議席にほとんど寝転び、目をつぶっていたのです。この狼藉には議員からも国民からも大きな批判の声があがりました。

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この日は、夕方になって労働党、ヒラリー・ベン議員からノー・ディールを阻止する議案が提出されました。この議案を翌日、審議するための動議が採決にかけられました。議会開会前に保守党本部が除籍警告をして党内引き締めを図ったにもかかわらず、重鎮議員を中心とした21名が賛成票を投じ賛成328票、反対301票で可決されました。ボリス首相は、就任初の投票で敗北したわけですが、これは1742年のウォルポール首相以来のことだそうです。

造反議員の顔ぶれはBBCが「ジョンソン首相に造反した与党議員21人の顔ぶれ 英ブレグジット政局」として報じています。ノーディールに対する反対だけでなく、個人的にボリス首相、その後ろにいるカミングス氏、更にリースモグ議員への強い反発があると思われます。特に、前述のリースモグ議員のラジオでの発言で「この党はダメだと思った」とコメントした議員もいました。また、保守党全体がブレグジット党に変容していくのに耐えかねたという言葉も聞かれました。

ノーディール阻止法案の内容ですが、こちらはジェトロのこの記事「英国議会が再開、超党派議員がEU離脱延期法案を提出へ | が分かりやすいです。EUとの離脱協定が10月19日までに議会の承認を得られなければ、2020年1月31日までの離脱延期をEUに要請するよう首相に義務付けるという内容です。

ノーディール阻止法案可決、総選挙実施法案否決(4日、水曜日)

21名の造反議員に対しては、火曜日のうちに首相官邸からメールで除名(the whip removed)が告げられたそうです。ボリス首相自身、メイ政権時代の離脱案投票の際は、党の拘束など無視して何度も反対票を投じたのに、自分が首相になった途端、長年の功績を無視して党から追放したので、このやり方に党の内外から批判の声が上がりました。そうした中、さらにもう一人、元環境相のデイム・キャロライン・スペルマン議員も造反議員に同調しました。

この日の午後、ノーディールを阻止する法案が、賛成327、反対299で可決されました。ボリス首相、2度目の敗北です。

何とか巻き返しを図りたい首相から「民意を問うため、解散、10月15日に総選挙したい」という動議が首相から提出されました。しかし、コービン労働党首は「これは白雪姫に差し出されたリンゴのようなものだ。ノーディールという毒が入っている」「ノーディール阻止法案がきちんと女王の裁可を受けて成立するまで解散は待とうじゃないか」と反対。この結果、賛成は298票にとどまり、2011年議会任期固定法によって解散に必要と定められている下院総議席数(650席)の3分の2(434票)に及ばず、廃案となりました。

ボリス首相3度目の敗北です。

就任した首相が3連続敗北というのは史上初だそうです。さらに、10月31日の離脱実現を最大の公約としているボリス・ジョンソン政権にとって、これは大きな打撃であることは間違いありません。

この日は、首相就任後初の質疑応答が行われました。米国とのFTA締結について説明し、「塩素鶏(chlorinated chicken)は買わない」と付け加えました。これは米国の食品添加剤の基準がゆるくそれが英国市場に流入することを懸念する英国人が多いことに対するアピールですが、受け狙いが明らかで、米国に対しては失礼極まりない発言です。

そんな中、一番注目を集めたのは、ブレグジットとは全く関係のない話題でした。労働党のTanmanjeet Singh Dhesi議員から首相が昨年夏に発言したムスリム女性のブルカを郵便箱としたコメントに対し、差別だとして謝罪を要求したのです。これに対して、首相からは謝罪の言葉はありませんでした。

この日の審議中、首相が何度か切れる場面があり、コービン党首に対して腹立ちまぎれに、「you great big girl's blouse(女々しい奴)」と野次りました。これに対して女性活動家などから即座に不快感を露わにするツイートが続々と出ました。

ボリス首相は、調子はいいのですが、面白ければ手段を選ばないジョークと、それを何度も繰り返す癖があります。そのたびに誰かを怒らせ、保守党の支持率が低下していくという悪循環がすでに始まっています。慎重居士だったメイ首相とは対照的。私はただの「ジャイアン」ではないかと思っています。

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2015年7月4日付タイムズ紙に掲載されたイートン校時代の首相

 首相の実弟ジョー・ジョンソン議員辞職の衝撃(5日、木曜日)

さて、英国民の多くが次は何が起きるかな?とワクワク見守っていたところ、木曜日の早朝、ボリス首相の実弟、ジョー・ジャクソン議員が閣僚を辞職し、次期総選挙にも出馬しないと発表しました。理由は「国の利益と家族への忠誠の軋轢に苦しんだ」そうです。これをわかりやすく言うと、「兄の首相が国の利益に反することをしているので、家族として耐えられない、あるいは巻き込まれたくない」ということですよね。これは首相の信頼性にとっては非常に大きな打撃となりました。

この直後、警官をずらりと後ろに並べて(これ自体も批判の嵐だったのですが)ヨークで行ったスピーチで、ブレグジットの延期を申請するぐらいなら「ドブで死んだほうがまし」と発言しました。

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 この日はヨークシャー、さらに支持率の低いスコットランドへとアピールに出かけたのですが、行く先々で罵倒の嵐。特にヨークの町で行きすがりのおじさんが、にこやかに握手しながら「この町を出て行ってくださいね」(実際のところは「おととい来やがれ!クソ野郎」のニュアンス)という様子がバズったのでした。このビデオはさらにヨーク住民から厳しい批判にさらされる首相の様子も続いています。

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上院がノーディール阻止法案を承認(6日、金曜日)

金曜日は下院は審議がなく、その間に上院が時間をかけて審議し、ノーディール阻止法案を承認しました。これにより、法案は女王の裁可を経て、法的拘束力を持つことになります。しかし、「ドブで死ぬ方がマシ」とする首相、なんとかして、この状況を覆したい、として、来週の議会に向けて、様々な工作をしているようです。一説には、法律に従わないという説もあり、そうなったら野党連合が首相を訴えて牢屋にぶち込むしかない‥といった物騒な話も出始めています。

閣僚がまた一人辞任(7日、土曜日)

また、土曜日夜には、主要閣僚の一人、アンバー・ラッド雇用・年金相が閣僚辞任と離党を発表しました。もともとメイ首相の内相時代から可愛がられており、今回、入閣したのさえ、意外な印象な人物でしたが、自身のツイッター(Twitter)で、「善良で誠実な穏健派の保守党員たちが追放されたことを、傍観するわけにはいかない」と述べ、最大の理由を造反議員に対する粛清への反感としています。しかし、日曜日発売のサンデー・タイムズ紙のインタビューでは、それに加えて「首相官邸がノーディール以外の道は全く考えていないから」と暴露しています。

選挙で挽回の可能性はあるか

議会再開第1週で早くも与党優位を失った首相としては、なんとか選挙で勝って優位を取り戻し、自身の信任も得たいところですが、このような状況で保守党の支持率も怪しくなってきています。

やはり、議会の閉会というのが、ちょっとやり過ぎだったのではないかという意見が多く出ています。国民の誰もが、ボリス・ジョンソン首相がドミニク・カミングス首相補佐官の「できのよくない操り人形(puppet)」にすぎず、二人が英国を民主主義ではなく、恐怖や勢い、あるいはトランプスタイルのポピュリズムで支配しようとし始めている懸念が高まってきたからです。

既に首相官邸内が恐怖政治状態になっていることが、財務補佐官の解雇、ジョー・ジョンソン議員とアンバーラッド雇用・年金相の辞任から伺えます。

カミングス氏の愛読書は「孫子の兵法」だそうです。議会の長期閉会は孫子の教えである「圧倒的優位で先制することで敵はひるんでやる気をなくす」というのを実践したそうです。こんな教え、あったかしら?日本に本を置いてきてしまったので、一時帰国のときに読み直そうと思います。

しかし、恐怖政治の懸念が高まる中、今回は野党連合や保守党議員の大量造反という傑作なドラマが展開し、英国人の多くが自分たちは「米国と違って英国人はトランプスタイルには呑み込まれなかった」と自画自賛していました。

という訳で先週のブレグジット情報はここまで。ここまでお読みいただいた方、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

今週は議会閉会前の首相府の悪あがきとそれに野党連合や保守党造反議員がどう抵抗していくかが、見どころです。

ではでは!

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Peter Brooks画 タイムズ紙2019年9月4日付 操り人形を首相官邸に持ち帰るカミングス紙