英国の庭から~海外生活ブログです

欧州調査歴25年以上のリサーチャー兼駐在員妻です。英国在住歴は通算10年。庭仕事のかたわら、言いたい放題つぶやきます。

宗教について、何となく思うこと

昨日(3月27日)、議会ではブレグジット関連で8つの法案の採決を行い、メイ首相が遠くない辞任を仄めかしたこともあって、あまり大きく取り上げられなかったのですが、メイ首相はもう一つ問題行動をしていました。

議会で、メイ首相に対して、イスラム教徒に対する差別防止を目的とする「Islamophobia(イスラム恐怖症)の定義」を、保守党が採用していないことを問われたのですが、回答を拒否したのです。保守党内にはイスラム教徒に対して露骨な差別発言をした議員が多く問題になっており、現在党内で調査中です。今、世界中で、白人至上主義やイスラム教蔑視などをけん制する動きが出ていますが、これに逆行する動きです。もっとも、労働党はコービン党首を始めとする党員のユダヤ人蔑視が蔓延し、コービン党首の責任が問われています。

いずれも根底にあるのが、キリスト教徒の異教徒蔑視ではないかと思います。また、悪気はなくおしゃれだと思い込んでいるだけかもしれませんが、インテリアやエクステリアに仏像を使うことが流行しているのを見るにつけ、仏教もイスラム教やユダヤ教同様、尊重されてはいないと感じます。

もっとも大量に生産して輸出しているのは中国企業でしょうから、諸悪の根源はそのあたりにあるのかもしれませんけど。(左からウィズリーガーデンセンターで植木の中で売られている仏像、真ん中は数軒先の家の花壇に置かれた仏像、右はパリのホテルの電灯)

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イスラム教徒と違って粗雑に扱われたからとテロ行為に走ったりしないのが「悟り」を教義としている仏教の凄さでしょう。

 

イスラム教徒といえば、職場の近くに昼になると絨毯が敷かれる小道があります。先日、何も知らずにその近くを歩いたところ、50人位のイスラム教徒と思しき人々が、昼の礼拝を終えて立ち上がったところでした。公道に絨毯を敷き何十人もの男性が地面に頭を擦り付けている風景は、やはり異様です。地元民だったら「やめさせたい」と思うのは当然かもしれません。

 

昨年夏からデンマークがイスラム女性のブルカ、ニカブを含む「顔が見えない衣類」の着用を禁止しています。これは当然のことだと思います。目の部分だけ開いた人が隣に座ったら、やっぱり不安になります。まして、ナイフによる無差別殺傷が連日のように報道されている昨今、男か女か、どんな人が中に入っているのかわからないので、よけい怖くなります。 

 

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Dave Brown 7th August 2018

https://twitter.com/cartoon4sale/status/1026882818020986881

 この風刺画はボリス・ジョンソン前外相がニカブを

「郵便ポストみたいだ」と発言した時に描かれたものです。

 

イスラム教にしても、ユダヤ教にしても、厳しい気候や風土と戦乱が、厳しい戒律を生み出したのでしょう。イスラム教徒が4人の妻を持っていいのは、それだけ戦争未亡人が多く、生き残った男達が未亡人と遺児の生活を支える必要があったからです。4人の妻を公平に扱わなければいけないとかそういった知恵が含まれています。だから、その宗教が生まれた地域で信仰を続けているのであれば、それをやめろと言ったり蔑視するつもりはありません。

 

しかし、平和な温帯の国に、1000年以上前の砂漠の戒律を持ち込み、それに固執し、信者が増殖して土地固有の文化を壊すとなったら摩擦が生じるのは当然です。外国人移民や労働者の受け入れには、経済・技能要件だけでなくエキセントリックな宗教慣習を持ち込まないことを誓約させるべきですね。「宗教の自由」の尊重のもと、なかなか法制化できないのかもしれませんけど、「郷に入りては郷に従え」ルールを滞在ビザと抱き合わせにするとか・・

 

ところで先日、英国人の友人と珍しく宗教の話をしました。彼女は、40代後半になって、家の近くの教会の活動にかかわるようになったそうです。ご主人も教会の会計とか支援活動をしているそう。職場の同僚にも英国人のご主人と毎週、日曜日に教会に通っている人がいます。教会には、水曜日に手工芸の会とか、金曜日に聖書を読む会とか色々な社交の場があるので、人付き合いを得るために行く人も多いのかもしれません。しかし、知り合った頃(彼女が30代)は、教会活動には全く縁がなかったので、その意味では彼女も変わったのだな‥と思います。

 

友人は、私と長年付き合うくらいだから、日本人の宗教観について興味があったようです。そこで「あなたは仏教徒か」と聞かれました。で、「うーーん」とうなってしまいました。仕方がないので、「生まれたときは神道で、結婚したときはキリスト教で、死ぬときはたぶん仏教なの」という、日本の・・というか関東地方にはかなり多いのではないかと思うのですが、でたらめな宗教観を説明し、理解してもらえた(?)つもり。(この話を読んで、気を悪くされた方がいたらごめんなさい。まじめに宗教と向き合っている方が沢山いることも承知しています)

 

何度か法事やお葬式に出ましたけど、何度、経験しても仏教に帰依したいと感じたことはありません。そういうわけで、自分が死んだら葬儀も戒名も不要と遺言書を書かねば、と考えているところです。

 

海外にいると、宗教を記入させられることがよくあるのですが、以前、英国で盲腸になって手術をしたとき、仏教徒の欄にチェックしたのですが、看護婦さんが好意で、ネパールかどこかの仏教音楽のテープを持ってきてくれて1日中流してくれました。ありがたく拝聴したのですが、以来、仏教徒と書くのはやめました。

 

キリスト教については、私は欧州生活が長くて、子供の頃から教会巡りをしていたこともあり、お寺より教会の方が敬虔な気持ちになります。それでも、聖書を読んでも、物語的な理解にとどまっており、こちらも帰依しようと考えるレべルにはありません。

 

などと書いていると無神論者のように思われるかもしれませんが、神様の存在を否定するほど強い人間ではありません。それになぜか、知人に霊を見ることができる人が何人かいるので、霊魂の存在を否定する気もありません。実際に自分が死んだら、亡くなった親しい人々にぜひ再会したいので、霊は存在していてほしいです。

 

というわけで、私の宗教観に一番近いのは、聖書でも立派な宗教書でもなく、トルーマン・カポーティが書いた「クリスマスの思い出」という物語です。その中で60歳過ぎの「おばちゃん」が言うセリフをご紹介します。原文から(Himは神様です)
That things as they are just what they've always seen, was seeing Him.
「日々見ている(自然の)中に神様は常に居られる」ということです。この話、とても良い話です。英語の原文が無料公開されています。

https://faculty.weber.edu/jyoung/English%206710/A%20Christmas%20Memory.pdf